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だれかの紋付

060616_11420001 祖父の黒紋付と襲ねの下着です。
仙台平の袴もありましたが、“ショウが無くなって”(“性”でしょうか“精”でしょうか?弱ってしまうことを指す方言のようです)びろびろに裂けてしまいました。
 
 
 
羽裏を見ると、まといに「よし町」「新橋」「吉原」なんて書いたもの。
060616_11470001
戦前に青春時代を送った祖父は、田舎の農家の長男でありながら、道楽息子だったそうです。
さすが、遊びが過ぎて、ひいじいさんに勘当されかかっただけのことはあるわ、と妙なことに感心してしまいました。
 
 
この一揃いは、何年か前に衣装缶の底から見つけました。
 
しかし、その下にまだ、黒いものが見えます。
 
引っ張り出したところ、黒紋付のようです。
とりあえず、全部引っ張り出してみました。
 
うちわけは、
袷の長着 1枚
単の羽織 1枚
絽の長着 1枚
絽の羽織 1枚
 
全部、男物の、五つ紋付です。
 
そして、全部、紋が違うのです。
 
しかも、祖父の紋付よりも、明らかに上等なことの分かる手触りです。どれもあまり着用した形跡はなく、中にはしつけの付いたままのものもあります。
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これを発見した当時、まだ存命中だった祖母と二人、考え込んでしまいました。
そして祖母が、60年前の記憶をよみがえらせて言うには、
 
「これ、米と替えてあげたんだったわ」
 
うちは農家です。
なので、戦中・戦後に、そういうことがあっても不思議はありません。
でも、どうして他の家の紋付と米を替えたの?
他の家の紋付では、持っていても、そのままでは着られません(田舎だと、お互いの家のの紋まで知っている)。
そこには断れない義理があったそうです。
我が家から街の骨董屋に嫁いだ大伯母がいました。
骨董を商う傍ら、茶道、華道も教えていた関係で、知り合いも多かったようです。
そして、戦中戦後の街は、食糧難でした。
 
食料と交換できるものは全て交換してしまった
残るものは、誰からも交換を断られた黒紋付だけ
・・・という状態の人たちが、大伯母に頼み込んだのだそうです。
 
祖母「うちでもよその紋付は使えないけど、大伯母さんの頼みだから、というんで交換したんだわ」
 
なるほど、納得がいきました。
 
 
それにしても、みな状態のいいものばかりです。
 
何かに活用できないか、と思い、悉皆屋さんやデパートの呉服売り場の店員さんに聞いてみました。
 
悉皆屋の小母さんは
「あ~、そういうの、うちにもあった。クッションにしたわ。いいわよ、クッション」
・・・我が家は椅子がないので、クッションは置き場がありません。
 
デパートの呉服売り場では、
「ここにある新品の黒紋付の反物を仕立て上げると△△万円くらいです。古い着物を洗い張りして、紋を入れ替えて、仕立て直すと…」
大差ありませんでした。
 
 
その話をすると、姑は
「じゃあちょうだい。洋服にするわ」
 
うーん…
それもいいかもしれないけれど…
 
もとの持ち主のことを想像したら、リメイクはしたくなくて、断りました。
 
もとの持ち主が、どこの誰だかは全く分かりません。
でも、新しい着物ができてきた日はやはり嬉しかったと思います。
なのに、そのきもののしつけをとることもなく、戦争を経て、米と交換しなくてはならなくなった。
その時の気持ちを考えて、もうしばらく、この紋付たちをこのままとっておくことにしました。

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「きもの」カテゴリの記事

コメント

これまた、凄いお話が~!
以前から戦後の食糧難時代に食べ物に代えられた着物はどうなったんだろう?と思っていました。
キチンと保存されているものもあるのですねぇ。
そして、それが花兎さんの手に渡ったから、クッションにも洋服にもされずに済んだ・・・・
なんだか読んでいてほっとしてしまいました。
余所様の着物のことですのにねぇ。

それにしても、新品の物と洗い張り&仕立て直しがほぼ同じって・・・・どういうことなんでしょうねぇ?(紋の付け替えでしょうか?)

投稿: りら | 2006年6月17日 (土) 16時52分

花兎さんの「着物にまつわる物語」は、本にしたいくらい素敵な話がいっぱいですね~。
また、今の日本にも花兎さんのお宅のように古いものを大事にしているお家があるのだと知って、ちょっと嬉しくなりました。

紋付は、能をやっている学生さんとかだったら欲しそうですよね~。買ったら結構高いし。
どこかで再利用できるといいですね!

投稿: 子連れ狼 | 2006年6月18日 (日) 14時06分

花兎さん、コメントありがとうございました。
こちらのブログに伺って、驚きました。私、今は関東地方に住んでいるのですが、実家は知多半島の焼き物のまちです。年に何度か帰省しております。
また知多木綿の岡田地区のことを、先日そこのすぐ近くに住んでいる友人に調べて貰ったとこでした。
しかし知多で着物を着る生活は、大変じゃないですか?悉皆も、どこにお願いしてるんだろう?って思います。探せばまだあるんですか?

それから、「しょうがない」は「仕様がない」が訛った言い方だと思います。いつも使っていますが、方言なのかな?

大切な紋付きは、戦前のものだとものも良いでしょうし、しまい込んでしまうのは、もったいないですね。それぞれの過去に思いを馳せると、形を変えるには勇気が要ると思います。
親身になってくれる悉皆、又は呉服屋さん(の担当者)を探すのは難しいですね。

投稿: 熊五郎 | 2006年6月18日 (日) 17時10分

りらさん
キチンと保存というか、しまってそのまま忘れ去っていたというか(笑)
祖母によれば、米ときものの直接交換は、このあたりではあまり聞かなかったようです。
交換するときは、仲介者が入ってしたようで、たとえば戦争中に少女時代を送った大叔母は、戦後になっておおっぴらにおしゃれできるようになっても、物不足で晴れ着が手に入らない。そこで知り合いの紹介で、良家の奥さんのきものを何枚か譲ってもらった、と話していました。

仕立て直しがそんなに高いのは、やはり紋のせいだと思います。
確か、紋を入れるだけでなく、消す作業が要るといわれました。
五つ紋だから、値段も五倍。
長着と羽織で紋は10個だから・・・
しかも、古いものだから、消せる保障がないといわれました(当時は「貼り紋」を知らなかったので、その場合のことを聞けませんでしたが)。
それと、デパートで訊ねたので、洗い張り代も仕立て代も、しーっかりしたお値段(笑)でした。

投稿: 花兎 | 2006年6月18日 (日) 22時48分

子連れ狼さん
大事にというか、捨てるのが面倒というか(笑)

そうですね!
能楽サークルの学生さんたちは要りますね。
新品はかなりするし、古着屋でもあまりみかけないですし・・・
大切にしてくれそうな若い人に出会ったら、話してみようかと思います。

投稿: 花兎 | 2006年6月18日 (日) 22時50分

熊五郎さん
おいでいただきありがとうございます。
そして、なんと、知多半島のご出身なんですね。花火大会とか焼き物祭りとかあるあたりですね~。

あっ、私の書き方が不十分でした!
「ショウがない」は『性が抜ける』の別表現というか田舎言葉だろうと、先ほど友人に指摘されました。
辞書にもあるそうで・・・年寄りの言葉はみんな方言だと思い込んでいました(恥)

そうそう、知多半島でのきもの生活、数年前までは大変でしたねぇ。目立ちました(笑)
でも、最近けっこうお仲間を見かけます。
悉皆屋も何軒かあるんですよ~(でも、家からだとちょっと方向が違うので、職場近くの名古屋のお店か、ネットのお店にたのみますが)。

投稿: 花兎 | 2006年6月18日 (日) 22時54分

現役じゃないですけれど、元能楽部学生で、
紋付欲しいと思ってしまいました(笑)
家の紋はあるんでしょうけれど、
父に聞いてもはっきりしないですし、
テキトーな紋を着ていました。

でも、ここに書かれている話を読むと、
そんな軽く言って良いものじゃないと思いますが。

しかし着物に歴史有りですね。

投稿: 柏木ゆげひ | 2006年6月29日 (木) 12時17分

柏木さん
地域差や世代差、個人差も大きいでしょうね、紋についてのこだわりって。
現代ではあまりこだわらないのかも。
結婚式の新郎の貸衣装なんて、みんな同じ紋ですし・・・

投稿: 花兎 | 2006年6月29日 (木) 22時15分

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