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うち織り

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家で発掘作業をしていたら、母の箪笥の底から市松(というか、チェック)のきものが出てきました。
このきものがあるのは知っていたんですが、引っ張り出すのは初めて。
 
「それ、“うちおり”だがね~」
 
嫁に来るときに持ってきた、普段着だそうです。
母の母が機で織ったといいます。
ですが、木綿でも、まして絹でもありません。
手織りのウールのきものです。
 
 
「昔は田襦袢(野良着)や普段着、布団のかわは、家で女が織ったもんだ」
 
という話は、祖母もしていました。
 
祖母の娘時代(大正~昭和初期)に、このあたり(知多半島)で織られていたのは、もっぱら木綿だったようです。
 
綿を種から育てて紡ぐ人もいました。
(物置には糸車も残っていますし、曾祖母が織ったうち織りの綿入れ半纏も残っています)
 
うち織りの綿入れ半纏
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アップにするとこんな縞
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糸を担いで来る行商の人がいて、その人から買って織る人もかなりいたようです。
 
織るものは縞か格子で、絣はありません。
縞か格子は単純ですが、人によって糸の配色などが違い、個性が現れたようです。
 
機織が上手い、と噂される人が何人かいました。
“上手い”の定義は、配色やデザインを指したようです。
そういう“上手い”人がいい縞を織ると、皆がまねをしたり、その人に織ってもらったりしたそうです。
 
 
 
さて、トップの画像は母の持ってきた手織りのウールのきものですが、これは昭和40年頃のものです。
 
家で機織をする人も少なくなっていたようですが、母方の祖母は機が好きなのと、子沢山の家庭をやりくりするために、続けていたようです。
 
綿も作っていて、母は子供の頃(戦後まもなく)、手回しローラーに綿花を掛けて、綿と種を分離した記憶があるそうです。
ただ、それを紡いで織るのではなく(そういう人もいたそうですが)、もっぱら布団や半纏の中綿にしたそうです。
 
織るための糸は、当時繊維産業で栄えていた一宮市で買ってきたそうです。
戦後は糸の行商はもう来なくなっていました。
素材はウールのほか、木綿、混紡がありました。
ラメ入りの糸もあったようです
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機に経糸を掛けるための作業は外で行い、田舎なので、当然隣近所の目につきます。
母方の祖母にとっては、それが一種の自慢だったようです。
というのは、糸を機に掛けるためには計算がしっかりできなくてはならないし、根気も要るからです。
人があまりしなくなった、大変なことを自分はまだやっている、というのは、誇らしいことだったようです。
 
 
 
さて、この市松のきものを着てみようと思いました。
しかし、ムリでした。
裄丈幅、全てが、あまりにも足りません。
おまけにウールの悲しさ、虫にやられてしまっています。
 
母「その頃はウールの方がいいと思っていたけど、こうなってみると、木綿の方がよかったねえ。木綿なら使い道があるし、少なくとも虫に食われない」
 
確かに、このウールのきもの、何の再利用法も思いつけません。
手織りだからといって、何の付加価値もつけてもらえません。
なんだかさびしいものです。
 
それでも、母にはその母の思い出の品です。
捨てるのはしのびないので、とりあえず防虫剤をいっぱい入れてしまっておくことにします。
追記
調べたところ、今も知多半島で木綿のうち織りを続けている方達がいました。
手織りの里 木綿蔵・ちたでは、機織体験や、藍染の体験などができるようです。
一度行ってみなくては。

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コメント

うちおりって「家織り」なのでしょうか?
宮尾登美子の「きものがたり」やエッセイを読むと、家で機織をしたり布を染めたりする場面が出てきます。
昔の人って凄い!と思っていたのですが、身近にそういうものがあるって素敵なことですよねぇ。
私は祖父母の縁が薄く、そういう話を聞けなかったのがとても残念です。

やはりウールは虫穴が開いてしまうと、後が利かないのですねぇ。

投稿: りら | 2006年6月17日 (土) 16時46分

りらさん
はい。うち織り=家織りみたいです。
「きものがたり」、いい本ですよねえ。
私は、祖母が訳あって3人いて、しかもみんな長命だったので、いろいろ教えられました。

ウールの着物、母も袖を通していないまま虫のえさになってしまいました。つくろってみようかと思いましたが、虫食い穴が無数で、挫折しました~。

投稿: 花兎 | 2006年6月18日 (日) 21時35分

はじめまして。
uzuzさんのところから飛んできました♪

おばあさま、名古屋弁ですねぇ。
懐かしい♪
有松・鳴海に住んでいました。
家織りした紬を外に染めに出したり、切れた糸まで結んで長く糸にして織ったり 昔のヒトは物を大切にしていたようです。
鳴海に住んでいたときも、お菓子の缶の周りに付いていたセロテープから、輪ゴムまで全部 母が取ってあったのを思い出します。

投稿: りこ | 2006年6月27日 (火) 15時21分

りこさん
はじめまして。
おいでいただき、ありがとうございます。
りこさんのブログ、uzuzさんのところ経由で、時々拝見していました。
有松、鳴海にお住まいでしたか。いいところですよね。
切れた糸を結んで織ってもらうというもの、ある世代のおばあちゃん達はみんなやってましたよね。
一時、うちの村ではブームになってました。

投稿: 花兎 | 2006年6月27日 (火) 21時38分

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